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はさコレ|HASA-KORE

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文具はさみの日
トップページ インタビュー イワサキデザインスタジオの岩崎一郎さんが語る「フィットカットカーブ スタンダード」開発秘話<前編>
INTERVIEW
イワサキデザインスタジオの岩崎一郎さんが語る
「フィットカットカーブ スタンダード」開発秘話<前編>
インタビュー
インタビュー

「フィットカットカーブ スタンダード」の握りやすく疲れにくく、且つ刃に力が伝わりやすいはさみのデザインを手掛けたのは、国内外を問わず様々な企業のプロダクトデザインを手掛ける、イワサキデザインスタジオの岩崎一郎さんです。
シンプルでいて親しみを感じさせる「感覚的な造形」と、道具として実用的で使いやすい「機能的な造形」。そのどちらかに偏ることなく、高次元で双方を融合させる岩崎さんのデザインが、フィットカットカーブを10年間も売れ続けるはさみにしました。

そんな岩崎さんに、10年ぶりにして初のインタビューを行いました。前編では、開発に関わった経緯から、オーダーとは真逆の方向性を打ち出した真意について詳しく聞きました。世界でも活躍するプロダクトデザイナー・岩崎一郎さんの仕事やデザインに対するブレない姿勢も学べます。

ーー
弊社から「フィットカットカーブ」のデザイン依頼を聞いて、当時思ったこと、考えたことを教えてください。
岩崎
確か、最初は、招待デザイナーとしてデザインコンペティションに参加して欲しいというご依頼でした。ブリーフをもらって驚いたのは、日常使いのはさみなのに「正しい持ち方」から「指の添え方」など、プロフェッショナルツールのような細かい仕様が、隅々にまで指定されていたことです。従来モデルのコンセプトを踏襲した、どちらかというと機能を前面に押し出したデザインが求められている印象を受けました。
ーー
それまで文具デザインのご経験はありましたか?
岩崎
いいえ。どのプロジェクトにも当てはまることですが、デザインしたことがあるか・ないかではなく、デザインする側にとって重要なのは、使ったことがあるか・ないかです。当時、はさみのデザイン経験はありませんでしたが、プロフェッショナルではなくジェネラリストであるいちユーザーとして、濁りのない感覚で向き合えましたし、職業柄、初めてデザインするものは、ものすごくクリアかつ冷静に見渡すことができます。
ーー
弊社のオーダーは「機能が形となって表されたデザイン」でしたが、最終的に弊社が採用した御社のデザインにそのような印象はありません。どのような経緯で変化したのでしょうか?
岩崎

当時、私の中で、はっきりとイメージできていたのは「機能を前面に出した形」ではなく、機能や配慮は親しみやすい造形の中に包み込み、一見すると「特別な配慮を感じさせない形」です。

日常使いのはさみが、機能を強調したプロフェッショナルツールのような外観をしている必要性があるのかという疑問がひとつ。もうひとつは、はさみの長い歴史の中で、私たちの感覚に刻まれた「はさみらしい形」の揺るぎのなさ。そして、当時のプロダクトデザインが、主張しすぎず周辺のものと心地よく馴染むものへと変遷を遂げる過渡期であったこと。

加えて、前作のフィットカットも大変優れた製品でしたし、販売面でも順調であると聞いていたので、そのようなある種完成された製品を無理に変える必要もないということも分かっていました。ですから、前作から機能面でも向上させつつ、時代にあったあり方を丁寧に探すことに注力しました。

ーー
コンペ形式であったにもかかわらず、オーダーとは真逆の方向性を目指されたのは、かなりのチャレンジだったのではないですか。
岩崎

優れた機能を損なうことなく、生活に馴染むデザインにすれば、より受け入れられるという確信がありましたので、そこは丁寧に共有しました。 例えば、プレゼンテーションでは、細かい調整が可能な人間工学と機能素材剥き出しのゴツゴツとしたオフィスチェアと簡単なリクライニング機能だけがついたシンプルで美しいファブリックをまとったオフィスチェアを比較して、どちらが日常使いにおける機能、利便性、デザインとして快適であるかを問いました。

さらにもう一つの例として、スポーツメーカーのクッション性を視覚的に強調した最新の競技用シューズデザインに対して、どのような服装にも合わせられるにもかかわらず、ソールには表からは見えない最新のクッション性素材が使用されたカジュアルスニーカー。どちらが場面を選ばずに使用できるかなどを問いました。

確かに、ブリーフが求めていた方向性とは真逆の提案をするという意味ではチャレンジではあったかもしれません。しかし、コンペはデザイナー自身のスタンスで臨むべきです。また、一度、認識を共有できれば、誰も迷うことなくプロジェクトを進行していけるとも思っていました。実際、私たちの提案は受け入れられ、その段階で「これは良いプロジェクトになる」と確信しました。

※ベルヌーイカーブ刃は、プラス(株)の設計・意匠です

岩崎一郎
イワサキデザインスタジオ代表
国内外の企業と協働し、テーブルウェアから照明器具、家具、デジタルカメラやスマートフォンなどの精密電子機器まで、プロダクト全般のデザインを手がけている。
グッドデザイン賞・金賞、iFデザイン賞・金賞、Red Dotデザイン賞 Best of the Bestなど、主要国際デザイン賞を多数受賞。
東京藝術大学、多摩美術大学非常勤講師。
www.iwasaki-design-studio.net